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責任

お産の責任を自分たちで引き受けようとするのが「自力出産」です。

責任を引き受けることで解決する問題がたくさんあり、
お産を楽しいもの、素敵なものとすることにつながると思います。




現在、多くの人は医師や助産師や施設にお金を払ってお産の責任を委ねています。
それで、自分の責任は無くなった、とは思わないでしょうが、多くの人は安心してしまいます。
そして情報を集めたり、考えたり、自分ができること、真実を知ろうとする活動を止めてしまうのです。

「先生、お願いします。」と、産むは自分だということを忘れてしまうのです。
言われた通りにしていればいいのだ、と自分の体や赤ちゃんに訊くことを止めてしまいます。

医師や助産にも「わたしたちに任せておけばいいのだ。」とばかりに十分な説明をしないことが多くあります。

現代の医学では赤ちゃんが産まれるメカニズムを説明できていないことを忘れてはなりません。
出産は謎と神秘の出来事で、あなた以外に正しい道を探せる人はいないのです。

実際に多くの医療過誤による被害が起こっています。

間違いがなくても医師や助産師はあなたを手助けする者に過ぎません。
帝王切開を除いては、どこで産もうと結局はあなたと赤ちゃんの力で誕生を成し遂げるしかないのです。

責任を引き受けることには不安が伴いますが、その不安を忘れるために誰かにすがることはできないのです。




お母さんと赤ちゃんはお産にその命をかけることになります。
お父さんこそが、お産の責任を引き受けるものになるべきだとわたしたちは思います。

産まれてくる赤ちゃんとお母さん、この二つの命に対して父親以上に責任を持って行動できる人はいません。

医師や助産師、看護婦にとって、あなたの赤ちゃんは大勢のうちのひとりに過ぎません。
決まった処置を機械的にこなしていくのは避けられないことです。
赤ちゃんが泣いても、構わずに作業を続けなければならないでしょう。

赤ちゃんは一人ひとり違っていて、必要とするものもそれぞれです。
すべての赤ちゃんは、特に生まれたばかりのときには、片時も離れず愛情を持って見守る人を必要としています。
それができるのは家族しかありません。

わたしたちは、「自力出産」には男の力が必要だと思います。
男が「自分の子の誕生に、おれが責任を持つ。」と言う必要があると思います。
その一言でお母さんは安心することができるでしょう。

お父さんの準備のページも参照してください。




病院では恐ろしいことが起こりえます。
お母さんは、浣腸され、尿道に管を差し込まれ、会陰を切り裂かれ、陣痛促進剤などの薬剤を投与され、
お産そのものではなく病院の処置によってぼろぼろになり、足を引きずって歩き、精神的に追いつめられてしまいます。
赤ちゃんも薬剤に晒され、寒い中に無理矢理引っ張り出され、安静にお母さんと寄り添うべきときに体中をいじくり回され、
口や喉、ときには胃の中にまでチューブを差し込まれ、吊り下げられたり、血を採られたり、薬を投与されたりします。

そうした処置は異常なことです。そのほとんどは必要ないものだとわたしたちは思います。

実際、美和はそうした処置は一切なく元気な赤ちゃんを産みました。
そしてわたしたちは誕生の瞬間から片時も引き離されることなくいっしょにいます。

お父さんが、お母さんと赤ちゃんを引き渡してしまうからこうしたことが起こるのです。
もっとお父さんに真剣になってほしいと思います。
安全だと言われる中でなにが起こっているかを知ってほしいと思います。


命に対する責任は、ある職業や制度が引き受けてくれるものではないでしょう。
それは個人が負うものです。

人はいつも死や病気、トラブルを抱えています。
すべての赤ちゃんが問題なく生まれるというのは理想であって、現実には死んでしまう赤ちゃんもお母さんもいるでしょう。
それが我が身に降り掛からないとは言えません。

わたしたちはお産に際して、死についても考えておく必要があるでしょう。

施設や専門家ができるのは、お金を払って謝ることまでです。
多くの場合は「そういう出産だったのです。手は尽くしました。」となるでしょう。
障害が残っても、「わたしたちのおかげで命が助かったのですよ。」と言われるかもしれません。
過剰な処置がなければ、トラブルや障害が起こらなかったとしてもです。

それでも、わたしたちは死を受け入れなければならないでしょう。
死から逃れることはできず、愛する者が死んでしまったら泣いて供養するしかないのです。

「何かあったときのために病院へ行きなさい。」と多くの人は言います。
でも、本当に「何かあったとき」に死や障害と直面するのはわたしたち家族です。
責任や悲しみや苦痛を、だれも肩代わりをしてはくれないでしょう。

ならば、はじめから自分がその命の責任を引き受けようと、わたしたちは思います。
責任を引き受けることで、その誕生はわたしたちのものとなり、わたしたちはその素晴らしさを感じることができるでしょう。

恐れを克服し、自分の力を信じることから「自力出産」は始まります。